腐乱ダースの犬
「祥ちゃん、これ何だい?」
今日も元気に半分死に掛けている印南が、近藤に話しかけた。
「ん?ああ、昔やってた油絵の道具だ。懐かしいな…ちょっと描いてみるか」
近藤は、学生時代けっこう絵に凝っていたのだった。まあ、現実的な彼のこと、本気で画家を目指したりはしなかった訳だが。
「何描くんだい?」
「印南…(照れ臭そうに)モデルになってくれるか?」
「俺なんかが…」
確かに古典派などの割と一般受けしそうな画材ではないが、じゅうっぶん、絵心を刺激するモデルの印南である。
彼なら…そう思ったところで、やっぱり予想通りの“何か”がやって来た。
「はーいはーい♪俺モデルんなるー♪でもって脱ぐ〜」
返事も聞かずに肌脱ぎになる帝王。
「どっから湧いて出たワンコ野郎…お前は描かねえ」
「なんでー?ブー!俺せくすぃーなのにい!!」
発言はわんこ並みだったが、確かに肉体は“ナイスバディー”だった。
「健ちゃん相変わらずいい筋肉だなあ…祥ちゃん描かないともったいないぜ?」
印南が感心したように言う。
「印南…俺が描きたいのはピュアな存在…つまりお前なんだよ」
死神がピュアな存在に見えてしまう、汚れに汚れた代議士と
「祥ちゃん…」
ピュアな魂のポン中のバイニン。
二人は熱く見詰め合った。
「俺ぴゅあぴゅあー!」
なんか叫ぶ、玄人中の玄人。つまりクズ中のクズのノガミの帝王がなんかほざくが、近藤は無視した。
「いいだろ?」
多くの人間が、絵のモデルになる事の承諾を求めている台詞とは聞かない様な表情で、近藤はついに印南をオトした。
邪魔な帝王がビーフジャーキー一年分をがっついてる間に絵は完成した…が。
「祥ちゃん?」
「…(し、死神…)」
メメントモリな中世絵画みたいなものが出来上がってしまった。
「…」
「なんかかっけーなこの絵。ちょーだい」
「…持ってけよ…あんま見たくねえし。恥ずかしいから俺が描いたって言うなよ?」
「祥ちゃん巧く描けてるのに…」
「ごめんな印南。俺の画力がたりなくて(泣)」
「泣かなくても…」
わんこ帝王には、死神印南の殺気と不気味さとこの世ならざる気配が余すところなく表現されていて、とてもいい絵に見えたのだが、描いた当人は気に入らなかったらしい。
ともかく絵を貰った健様は、誰かに見せびらかしたくてわくわくしながら街を歩いた。
「ラバりーん♪みてみてー」
さっそく、仕事帰りの画家の卵を発見する帝王。
「髭乙女か…ん?この絵は…」
「かっけーだろ♪」
ニコニコ笑顔で見せてみると、ラバは食い入るように絵を見つめた。
「…誰の絵だ?」
「ひみつー♪」
「…素晴らしい表現力だ。確かな可能性を感じさせる…」
しきりにため息をつくラバ。
「やっぱうめーの?」
「ああ…少なくとも俺は高く買う。確かに未完成な要素も多々あるが、すばらしい素質に溢れている…たとえばこの…」
それからラバは、小一時間ほど、絵のすばらしさについて語ってくれたが、芸術に毛ほどの興味も持たない帝王には、さくさくと耳から抜けていった。
「ふーん。でも描いた人は画家しぼーじゃねーぜ?」
「それは勿体ない…」
「そんなに気に入ったんならやるー♪」
「いいのか?」
「うん」
見せびらかして羨ましがられることで、一応の目的は果たした帝王は、あっさりと絵をラバに譲った。
で再び近藤宅。
「なあセンセ?本気で画家目指したりなんかしねー?」
「馬鹿か」
「すげーさいのーあるかもしんねーじゃん」
「画家志望の人間なんて、全国に何万人いると思ってんだ。趣味でちょこちょこ描くくれーが俺にはお似合いさ」
「(玄人の目になって)てめえを信じらんねえ奴は永遠に勝てねえぜ」
「(自嘲的に)俺は所詮その程度の男さ」
ラバの家
「あなた…」
「どうした碧?」
「その死神の絵…夢に出てきそうだから外して下さらない?」
「…素晴らしい絵じゃないか」
「でもなんか死のオーラを発してるわ」
「それは名画の故だろう?」
「一体どこから拾ってらしたの?」
「(独り言)一体どこの誰だろう…こんな素晴らしい絵を描いた人間は…是非会いたい。だが…負けてられんな」
達人は達人を知ったのだが、残念ながら、片方の達人には自覚症状が全くないのだった。
玉磨かざれば光なし。も少し近藤にチャレンジ精神があればきっと素晴らしい未来が待っていたはず…なのにね
タイトルはもちろん『フランダースの犬』です。
なんでフランダースの犬と関係あるかというと、あの名作の裏のテーマは
「いかに素晴らしい才能を持っていても、それが発揮出来なければどうしようもない」
というものだという書評?を管理人が読んだことがありまして、それにのっとってみた訳です(淦夷にしか分からん理由ですな。)
この世には素晴らしい才能を持って生まれた人は多々あれど、ほとんどの人間はそれと知らずに朽ち果てている…世は無情ですな。
まあ、そんな“とびきりの才能”を絞りださざるを得ない環境に人々がおかれるコトを考えたら、生ぬるい環境で腐っていくのが悪いとは言えないのですが。
世乱れて功臣有り
というヤツで
きっと健も、幸せで恵まれた環境にあったら、あんな人生は送って…るかな、奴なら。