ユウジの記憶喪失
ある日、健がユウのヤサにいつもの様に出掛けた時の事だった
「ユウたーん♪」
その声にユウは不審げに振り向いた
「誰だお前」
「何ゆってんだよぅ、俺おれ、ユウたんの最愛のらぶわーさ」
「…」
だがユウの目は怒るでなく冗談でなく、本気で知らない人間を見る目だった
「…おいユウたん。冗談はやめろよ。俺は健…」
がちゃ
「ユウさんいい賭場見つけたんだ一緒に」
「おう哲」
「なんだよお前もいたのかよ健」
「なんだ哲、この不精髭お前の知り合いか」
「え…ユウたん?」
「どうしたんだいユウさん?糞外道で人に迷惑かけるのが趣味の人間の屑、健だよ」
「誉めんなよ哲。なあユウたん悪いじょーだん止めろよう…」
「…健…?しらねえ…」
そういうユウの顔は真剣そのものだった。
哲は健と顔を見合わせた
「何があったんだ?てかお前ユウさんに何したんだ!?」
「俺は何もしてねえ!!今日会ったらこう…」
「なあ哲、この不精髭なんで俺の事知ってんだ?俺はこんな奴知らねえのに…」
「何言ってんだ!俺とお前はすげえ愛し合ってる仲じゃねえか、おとといだって一晩中…」
「なんで俺がお前みてえな野郎とやんなきゃなんねえんだ。俺にそんな趣味はねえよ」
それは演技などでは決してないと、勝負師二人の勘がそう告げていた。
「ユウたん…おい」
「何だ無精髭お前…玄人か?麻雀ダコがあるな…」
「本当に忘れちまったっていうのか…?」
「ユウさん…」
健はユウの肩をわし掴んだ。
「いてえ!何しやがるてめ!!」
「…認めねえ…許さねえぞ俺は」
「何訳の分かんねえ事言ってやがる」
ユウはやはり乱暴に、まるで酒場で絡んできたチンピラを引き剥がす様に手を払い除けた
「なんで俺を忘れるんだ!!」
「俺はお前なんか知らねえよ」
「く…」
拳を握る健に殺気を感じた哲は、慌ててそれを制した
「少し落ち着け」
「落ち着けるかよ!!」
「…とりあえずみんなに相談しようぜ」
対策会議
場所は…何故かでもやっぱり天界。
「…ふん、ユウさんがダホ中年のこと忘れてもうたんかい」
「他の人間は覚えてるのか?」
といっそがしい中呼び出し食らった先生と
「忘れてた方がいいじゃねえか、こんな畜生のこと」
くっついてきた小龍。
「ユウジ…随分帝王にいじられたからなあ。気の毒に…」
とりあえずみんなの結論は暫く忘れられとけという感じになっていった
「いっつもひどい事しとってんからな」
「自業自得だろ」
健は不満そうに黙り込み、ユウは全く理解できない会話を困惑気味に聞いていた
「俺は…こいつとそんな関係だったのか」
「そやで…ほんまに忘れてもうてんな。ウチらの事は覚えとる?」
「当たり前だ」
「…ならよユウジ、俺たちがお前と出会ったのはそこの野郎の仲介?だ。それは覚えてるか」
「え…」
ユウは記憶を巡らせてみた
「…何か…霞みてえなモンがかかってる…誰かがいたような…」
「それが俺だ!!思い出せユウジ!!」
めずらしく必死に叫ぶ健だがユウは困惑するばかりだった。
ぴり、
と張り詰めた雰囲気の中、黙って話を聞いていた忌田が口を開いた
「俺の事は覚えてるか?」
「…上野の参謀…妹を、早智子を利用して俺と哲を対局させた…ジュクを潰すために」
「…そうだ。憎いか俺が?」
「え、ちょ…ユウジそれからのことは?お前帝王のために忌田さんと!」
「…確になんでかあまり憎む気にはならねえ…。けど早智子のことがあるからか?…引っ掛かるものが…」
健が叫ぶ。
「それが俺への気持ちだ!思い出せ!」
「思い出す…何をだよ。ああ名前は知ってるよ。ノガミの帝王ドサ健…」
「それだけかよ」
「会った事はねえ…よ…」
「ちなみにユウジ、オレの事は?」
「誰だお前」
「オレ木座神…」
「いたっけそんな奴」
「う…(泣)」
「状況を整理するぞ。ユウジは健と…そしてノガミと仲良く?してたって記憶がねえ。だが健と嫌でもかぶる筈の俺や小龍の事は知ってる」
「何があってんやろ」
「この腐れ外道がひでェ事したんだろ」
「でもそれはいつもの事やん」
「何か変わった事はあったのか?」
「変わったこと?とくに…」
「よく思い出して、ユウさん?」
「…何か…最近の記憶が妙に雲がかってて…覚えてる一番最後の記憶が…」
「何だ?」
「場所はわかんねえんだが、小汚ねえ賭場で…そこで誰かが…」
「どんな野郎だ?!」
「顔が思い出せない…ただ…そいつがなんか言ったんだ」
「何て…だ?」
「…兄さん、ひでえ目してるなってよ」
「目?」
「よく分かんねえがそいつは…ん…頭がいてえ…」
「いいから思い出せ!!」
「…そう、そいつは言った。…を忘れちまえってよ。あいつは…そう言って…」
ユウは頭を抱えた
「俺はなんかを忘れてえって言ったんだ」
「そいつは一体…」
「分からねえ…顔も思い出せない…」
「ユウジ、さっき賭場といったな?そこはどんな所だったか覚えてるか?」
「…ああ…うっすらと雰囲気は」
「雀荘だよな?どんな感じの店だったか言ってみてくれ。すまん紙ないか?」
「近藤なにするつもりだ?」
「描きおこしてみる。昔デッサンをかじったことがある」
近藤のデッサンの店に、上野の面々は見覚えがあった
「うちの管轄じゃねえ店だな。しかも実入りが多い訳でなし…なんでこんな店に」
「んな事ァどうでもいい!!その店の奴がユウジの記憶に関係あるってんなら締め上げる迄だ!!」
「…なあダホ中年…そこまでユウさんに忘れられたんがいらんの?」
「当たり前だ。ユウジ…お前は…俺のもんだ!俺を忘れたままなんて許さねえからな」
真摯な健の瞳に、戸惑いながらも何故か懐かしさを覚えるユウ。
「…ドサけ…いや…け…ん?くっ、痛え…」
「畜生…今からいくぞこの店!」
「健…そこまでユウさんのことが…?」
「何がなんでも思い出させてやる…待ってろ、ユウジ」
「…」
近藤のデッサンを持って店へ走る二人。
店にはしょぼくれた店長と更にしょぼくれた客がしょぼくれた博打を打っていた
「おい、お前ら常連か」
うなずいた客に健は詰問した。
「ガタイのいい男が前来ていた筈だが、誰が相手した」
と。
客は迷惑そうな顔をして、しばらく考えた後に、そういやたまにくる浮浪者みてえなジジイが打っていたと答え、入口に目をやると、そいつだ、と答えた
「おい」
口調は穏やかだが、殺気を撒き散らしながら健は老人に声をかけた。
「お前…前こいつを知ってるだろう」
無造作に老人の前に、ユウの写真を投げ出す。
「てめえこいつに何をした?」
しばらくうつむいていた老人はゆっくりと顔をあげニッと笑った。
「あんたが元凶かいな」
老人は怯えもせずに健の顔を眺めた
「俺の疑問に…」
「そうだよ」
老人は答えて
「玄人は世間からは自由なモンだがあの兄さんが脳裏いっぱいに思ってたのがあんたとはな…いや面白いモンだ」
「面白い…てめえ…俺に喧嘩売ってんのかよ」
徐々に低くなる健の声
「健、今はそれよりユウさんの事だ。なあオッサン、過去をとやかく言うつもりはねえよ。ユウさんになんかしたならさっさと元に戻してくれ。金なら払う」
「金なんていらないさ」
「わしはあの男に治療を施しただけ。自由であるべき筈の玄人ががんじがらめになっていた…そのしがらみから解放しただけ」
「ふざけたこと抜かすな!!」
「ふざけちゃいない。正した間違いを、元に戻す馬鹿はしないさ…あの兄さんを自由にしといてやりな」
ガタン。
健は雀卓を倒し老人の胸ぐらを掴んだ。
「いいからさっさとユウジの記憶を元に戻せ!!さもねえとブチ殺すぞ」
「殺したら元には戻せねえだろ」
老人は怯えもせずにせせら笑った
「健!!おいオッサン、痛い目見ないうちに言う事聞いた方がいいぜ」
「あんたは坊や哲かい」
「あ…ああ」
「あんたもロクな目してねえな。玄人が親切心なんか出すなよ…とりあえずあんたにとっちゃ今のまんま忘れられてる方がいいんじゃねえのか」
「…嫌だ。それじゃ俺は勝負を降りたことになる!ユウさんのなかのこいつ…健の存在を忘れさせるのはオレがやるべき事だ!」
「若いな…」
「おいじじい、いい加減痺れ切らしたぜ…死なない程度にいためつけてやる」
「待て健!」
「忌田…」
そこに入ってきたのは忌田だった
「おい、あんたの目的はなんだ?まさか慈善事業で記憶を飛ばしてる訳でもあるまい」
「慈善事業…頭いい奴ァうまい事言うなあ。そうさ慈善事業さ。目的は…玄人の自由と権利を保障する為…かな」
「糞じじい!!」
「待て!」
「止めるな忌田」
「…なあなんでユウジの目がひでえ目だって分かったんだ」
「分かるさ。勝負師の目じゃなく、情の泥沼にハマっちまった目ェしてた。ありゃ男の目じゃねえな」
「ユウジが?」
忌田は少し考え込んだ
「健、お前ユウジに何やったんだ?」
「俺はいつもどおり、あいつを抱いてただけだ」
「抱かれてた間にあの男は何を思っていた?お前さんのことだろうさ。愛情と…玄人としての劣等感、憧れ…そうしたもんの中であの男はもがいてたよ」
「…ユウジ…」
「だから楽にしてやったのさ。坊や哲、分かるだろうあの男の気持ちが?お前さんも同様に苦しんでいるみたいだからな」
「苦しむ?オレが!?」
男はまたせせら笑った
「この男はお前さんを博打で負かし、イロまで手に入れてるんだ。劣等感と敵意が疼かない筈はねえ…忘れさせてやろうか」
「…あんた、何者だ?なんで人の心が読める」
忌田の問いに老人は皮肉な笑みを浮かべた
「博打で食ってりゃ心くらい読めるさ」
「…どうしてもユウジの記憶戻さねえつもりか…?」
「それが、お前さんら皆にとっても良いことだろうが?まあドサ健、あんたを除けばな…フフッ」
「てめえ…」
「人の記憶、それも一部だけを消し去る事が出来るなんて…お前、何者だ?」
「なあにただの浮浪者よ。それに記憶なんてモンはそのくらい怪しげではかないもんさ」
「だから…?」
「だから消した。いいだろうが」
「健…どうしてもユウさんの記憶を戻してえのか」
「何言ってやがる、たりめえだ!!」
「戻したって…ユウさんが不幸になるだけな気がしてきた」
「幸不幸は関係ねえ。それを不幸と感じようが、苦痛に思おうが、自分に忠実に生きんのが玄人だろうが。ユウジは俺を求めてた…それだきゃ間違いねえ!」
「大した自信だ…お前さんの目は濁っちゃいねえな。だが…周りのもんの目はみな濁ってるぞ」
「なに?」
「お前さんがそうさせたんじゃないのかね?」
「俺がなんだってんだよ」
「お前さんは確かに玄人の道に忠実に生きてるさ。だが裏を返せば周りに多大な迷惑をかけてるって事…だがお前さんの存在感は大きすぎて強烈すぎて無視出来ない…だからてめえの目が濁るのさ。海の向うの奴らの言い方を借りればジレンマだな」
「…」
健は不愉快そうに忌田と哲の顔を見た
「二人とも…俺が邪魔か」
「お前が憎いよ…打ち負かされた上ユウさんの心まで…けどそれを又乗り越えるのがオレら玄人の生き方じゃねえか」
と哲は言った。
「健、俺からお前の存在をさっぴいたら何が残る?あいつのいうジレンマ…それを抱え込むのを百も承知で俺は…てめえの側にいるんだ」
「忌田…」
そんな二人の姿を見て老人は言った
「愛されてるなあお前さん…まあそれに免じて」
「戻す気になったか」
「当人に聞いてやろう」
その言葉に引き寄せられたようにユウが現れた
「ユウジ…」
「ドサ健…てかこのオッサンは」
「よう兄さん。一つ聞くぜ?お前さんはどうしたいんだ?」
「どうって…?」
「苦痛をともなっても、本当のことを思い出したいか…それとも本来玄人がそうあるよう、情のしがらみから逃れてこの男から自由になって生きるか…」
「ユウジ、思い出せ!俺を。思い出したいって言えよ…」
「俺…は…思い出すも何もお前なんか知らねえ」
ユウの言葉は果てしなく冷たかった
「だってよ」
冷笑する老人を放り出すと、健はユウを抱きすくめた
「何…」
引き剥がそうとするユウを健は逃さない
「忘れちゃいねえ筈だ、この体は…この体は俺を忘れちゃいねえ筈だ!!」
「…何しやがる!?はな…!」
睨んだ先にじっと自分を見つめる健の眼があった。
射すくめるような、眼をそらすことを許さない烈しい視線。
「う…」
自分はこの眼に捉えられた覚えがある。
いつか分からない。
けど確かに。
「お前は…俺の…なんだ…?」
「何度も言ってるじゃねえかユウジ…想い人だよ…」
自分を抱き締める手に力がこもるのをユウは感じていた。
「なんで俺がお前を思わなきゃならねえんだ」
先程よりいくぶん弱々しい口振り。
健はユウの首筋に唇をあてた
「な…」
「覚えてるだろう!?俺は覚えてる。お前の体の隅々までな。お前も知ってる筈だ」
「知らねえ…」
「知ってる!!」
果てがなさそうな問答に老人は口を挟んだ
「おい兄さん」
「?!」
「あんたは確かにその男を知ってる…だが、ついこないださ。あんたはわしにその男のことを忘れさせて欲しいと言った…疲れはてた様子でな」
「な…に?」
「だから望みどおりあんたの記憶を消した。さあ…どうする?あん時と気持ちは変わらないか?それとも…」
ユウは強い力で自分を離さない眼前の男を見た。
そしてその狂暴なまでに激しい瞳に、どこか孤独な子供のような危ういものを見た
「お前…」
「思い出せ…思い出してくれ…俺は健だよ」
「けん…」
「そうだ、もう一度呼んでくれ」
「健…」
「もう一度…」
ユウは何故かたまらない感情に襲われた
「健!!」
健…け…ん
うわ言のように繰り返すユウの口を健は烈しい口付けで塞いだ。
長い口付けを終えた後我、知らずユウは泣いていた。
「…ユウジ…」
「なんでか分からねえ…お前なんか知りもしねえのに…なんでかたまんねえんだ…なんでだろう」
「もういいだろう!?」
「何が…」
「俺の事忘れて分かったろ!?お前には俺が必要なんだ」
周りにいた三人はくさぐさの表情でその光景をながめていたが、忌田がぽつりと言った
「あれが答えだ」
「…業が深いな…」
ニマリ、
と笑うと老人は奇妙なリズムで指を鳴らした。
瞬間、ユウの脳裏にあったうすぼんやりとしたものが明確な形をとる。
「…健…」
「分かるか俺が?!」
「…」
ユウは静かに微笑んだ。
「…ああ。どうしようもないヤンチャクレ…だ」
健は子供のように無邪気な喜びを浮かべると、ユウを抱き締め口を吸った
「この味も思い出したのか」
「…ああ」
「じゃあ…」
服に手を差し入れようとする健をさすがにユウは制した
「人前だ」
健は笑うと
「ああ後でな。今度こそ忘れたくても忘れられないくれえ、体の隅々まで俺を注ぎ込んでやるから覚悟しろよ」
そしてその目を一転させると老人に向き直った
「おい。てめえ、まだこいつらの目が濁ってみえるか?」
「…」
老人は答えずに口端をつり上げて笑うと席をたった。
「てめえの一人合点で勝手に人の幸不幸決めつけんじゃねえ…今度同じことしやがったら」
「分かってるよ。だが問題は山積みだぜ…また周りのもんが打ちのめさねえよう祈るばかりだ。なあそこのお二人さんよ?」
老人は哲と忌田を眺めながら、
くくっ
と笑った。
「じゃあな」
老人は無造作に立上ると出口へ向った
「待て…結局お前は」
「浮浪者だよ。自由が大好きな、な。だがてめえで好きに縛り上げられてえって人間まで面倒見る程ひまじゃねえよ」
そして忌田を見ると
「次に俺に会いたがるのはあんたじゃなきゃいいがな」
と独り言の様に呟いた
謎めいた老人に様々な思いを抱きながら一行は天界へ引き上げた。
「思い出せたのか?」
「ああ、先生絵役にたったぜ♪さんきゅな♪」
「ここ出るまであんなにくすぶってやがったのに…もうはしゃいでやがる。やっぱ獣だな」
「な、なあユウジ俺のことも思い出したか…?」
「ああ。君子ちゃ…じゃなくて木座神…」
「何か微妙な思い出し方されてるけど…(泣)まあいっか…」
「…健、ユウさんの中で絶対お前よりでけえ存在になるからな俺は!」
「できんならやってみな♪とにかく今日は離さないぜユウたん…」
「あ、ああ…(照)」
「…」
沸き上がる雰囲気の中、忌田は一人老人の言葉を思い返していたが、
「とにかく飯くおーぜ♪飯♪ユウたん、忌田ー!」
「ったく…」
あえて考えるのをよした。
だが小さなわだかまりは残り続けていた。
だが忌田は語るべき人を誰も持たなかったしそれでいいと思っていた
(俺はどんなに苦しくても忘れねえし忘れたいとも思わねえ)
だって、それは
気恥ずかしさと切なさから、忌田はそれ以上考えるのをやめた
その夜
「なあユウたん」
「…何だ?」
「あのじじいに…何で俺のこと忘れてえって言ったんだ…?」
「…お前のこと…」
「何だ」
「愛し過ぎて…苦しくて、死にそうだったから…」
「苦しめてた、のか…」
「でもお前を忘れたままでいる方が苦痛だって、今日分かった」
「俺はお前みたく優しくはなれねえ」
「怖えこと言うなよ、そんなのお前じゃねえよ」
「だから周りにいる奴は少なからず…」
「健……それでもいいんだよ」
ユウはぽつりと言った
「俺たちは自分の運命は自分で決める為にこんな稼業やってんだ。苦しくてもお前の傍にいるのは自分で決めた事さ。お前が気に入らなきゃ離れる。気に入るなら傍にいる…忘れたいなんて思った俺が温かった…それだけだ」
「俺の事忘れなくても、そうと決めりゃ離れるか」
「…多分な」
「許さねえと言ったら?」
「決めりゃ離れるよ」
「俺は離さねえよ」
「知ってる…それでも離れるよ…出来るかぎりな。そしたらお前はどうする」
「どんな手使っても離さねえ…どれだけ人の倫から外れようともな…鬼にだってなる」
「…お前なら…しかねないな」
「いや、するぜマジで」
「…言い草がまるきりガキだぞ」
「そうさ」
「お前って奴は…全く。好きだぜ…健」
「俺もさ」
そしてその外では、ドテ子が小龍と近藤にぼやいていた。
「ようわからんなあ…」
「何がだ関西娘」
「ユウさんがや」
「どこがだ」
「忘れたいのか忘れたないのかどっちやねん」
「…小娘が」
「なんやのその言い草!!」
「それが情ってもんだ。快楽と同時に苦痛が、満足と同時に虚無が…それが…たまんねえのさ、それがな」
「…ようわからんわ。けど何にせよ…ユウさんあのダホ中年のことほんま好きやねんなあ…」
「あいつの個性は強烈だからな」
「一度関わったが最後…よくも悪くも関心もたずにはいられねえ奴だよ」
「始末わる…迷惑なダホ中年や。うち絶対あの手の男と関わりもたんで」
「心配しなくてもめったといねえよあんな男」
「なあセンセもそこの綺麗な兄さんの事忘れたい思た事ある?」
近藤はチラと小龍を流し見た
「あるよ」
含みのある笑みを浮かべる近藤
「やて。兄さんは忘れられたらどないする」
「ふん。体はしっかりオレを覚えてる。思い出すまで責めたててやるまでだ…だが近藤、オレを忘れようとなんてしてみろ。どんな目に遭うか…」
「分かってるさ。それこそ身に染みてる…くく…」
「はあアブノーマルバカップルや」
「何か言ったか小娘」
「らぶらぶでええなあ言うたんや」
「羨ましいか」
「…もうええわ」
「…阿佐田?どうした浮かない顔をして」
部屋の隅で一人黙り込んでいた哲に近藤は声をかける。
「いや、何でもない」
哲はそう答えて、ふらふらと屋上に上がった
「ユウさんはオレを忘れても…あんな風に思い出してくれるのかな」
忘れられたくない、だが…
そう物思いに耽っていると忌田が静かに上がってきた
「哲…」
「忌田?」
「煙草投げ捨てるんじゃねえぞ、ほら灰皿」
「ちぇ」
「…天下の坊や哲が浮かない顔だな」
「…お前は平気なのかよ」
「…何がだ」
「ユウさんと健のことに決まって…」
「…平気な訳あるか」
「…え…」
無言で上野の街を見下ろす忌田。
「お前…」
「気の多い奴らだな全く」
「なあ」
「何だ」
「ユウさんが…もしオレの事忘れちまっても…今回みたいに思い出してくれるんだろうか?」
「取り越し苦労はよせ。思い出すさ、必ず」
「何で言い切れるんだよ」
「ユウジの本命が、あくまでお前だからだ。お前より健の方が大事になってたなら、その時点で必ず気付くさ…この俺がな」
「すげえ自信だな」
「自信なんてもんじゃねえ。只の経験則だよ」
「オレにそんな自信ねえ。ユウさんがオレの事、健より大事なのかすら確信出来ねえよ…ほんとは今日、こうやってユウさんが健に抱かれて
『もうお前の事忘れねえ』
なんて言ってるのかと思うと耐えられねえよ」
「健より自分の事好きにさせてみるってたのは嘘だったのかい」
「嘘じゃねえよ…けど…健といる時のユウさんを見てると、堪らなく不安に…くそ!」
「お前は玄人じゃねえか」
「?!」
「不安でもなんでも、ハッタリかませよ。ユウジが一番想ってるのは自分だって、無理にでも思い込め…そうしなけりゃうちの健には勝てねえぜ?」
「…お前は…どうなんだ?健の本命は自分だって自信は?」
「…自信はねえ…だが」
「が」
「あいつは言った、お前が一番だってな。俺に出来る事はそれを信じるだけだ」
「…健がユウさんの事を忘れて、ユウさんも健を忘れたらいいのにな。そしたらオレもあんたも何も悩まずに済むのに」
「またあの老人を探しに行くか?」
哲は笑った
「馬鹿にされんのがオチだろ」
「違いねえ」
「…オレしばらくここにいるよ…あんたは?」
「時間取られっちまったからな、残りの仕事片付けて…あいつの明日の昼飯仕込んどかねえとな」
「…オフクロってすげえな。オレ、ユウさん嫁にもらったらもっと大事にするんだ」
「…まあ…が、頑張れ?じゃあな」
当の哲の未来の嫁?はまだまだ間男?といちゃついていた…というか
「健、これ何回目だよ」
「さあ」
「さあって…もう俺腰が…」
「次はどんな体位がいい?」
「話聞いて…」
「さっき言ったろ?今度の今度こそ俺を二度と忘れらんねえように、体の隅々まで俺を流し込んでやるってな」
「…まさか本気」
「だぜ。まだまだたんねえよな?」
「ちょっと…いくら俺でも体力の限界…」
「俺を忘れようとしたユウたんが悪いんだぜ?」
「くそう…たち悪すぎだ(泣)」
「そんなのに惚れて、本命に辛い思いさせてるなあ誰だよユウたん?」
「…う…」
「さてお次は…」
かくして腰がガタガタになるまで愛を注ぎ込まれたユウたんだった。
で翌日
「哲」
「なんだよ健」
「やっぱユウたん俺にめろりんらぶだぜ♪」
「…オレへの愛の方が深いよ」
「証拠はあんのかよ証拠は?(にやにや)」
哲は息を吸い込んだ。そして
「嫌だ!!やめろっ…!!」
「?」
「オレの処女は…ユウさんにって決めてるんだっ、お前なんかに…い、いやああ…!!」
バタン!
「健!!て、哲に何しやがるっ!哲をやるなら俺を…あれ?」
「どうだ健。てめえに腰抜けるまでヤられても歩腹前進で来てくれる…この自己犠牲の愛が、その証だ!!」
まんまと騙されたユウさんとまんまと一杯食わされた健は顔を見合わせた
「…ユウたん」
「…なんだよ健」
「俺が襲われかけても来てくれるよな」
「誰が助けるか。てかそんな野郎がいてたまるかよ」
「…ちぇ…」
健は忌田の所に走った
「なあ忌田ァ!!俺が襲われかけてたら腰が立たなくても来てくれるよな!?…あれ?」
台所にもデスクにも忌田の姿がない。
「おーい?あれ?」
探しまわって屋上に出ると
「?!」
タンクの陰からサイレンサー付きの短銃と、何やら紅いものが見えた。
「忌田!」
急いで走り寄り陰を覗き込むと。
「…!」
「最強の玄人が何て面だよ」
呆れた、そして少し照れたような表情で忌田はタンクに背を預けていた。
「…やりやがったな…」
「いつもお前にされてる事だ」
「驚かせるなよ…本気でお前が…」
「お前でも心配なんかするのか」
「たりまえだ!!お前は俺の大事な…」
健は言葉を切った
「大事な、なんて言ってほしい?」
忌田は苦笑した
「なんでもいいよ、大事に思ってくれるならよ」
「忌田…」
健の目から、耐えきれず視線をそらし
「もったいねえ事しちまったな、ケチャップ…まあしかしちょっとスッキリしたぜ」
地面を拭いて後始末をし始める忌田。
「飯、出来てるぜ。食うか?」
振り向かず手を動かしたまま忌田は言った。
忌田は背中から逞しい腕に抱締められた
「こら健」
「何度も言うが心配すんなよ。俺の一番はお前なんだからよ」
「みんなにそう言ってんだろ」
「お前だけさ」
「…たくヤンチャ中年が可愛いこと言いやがって」
「俺可愛いもんね♪」
「はいはい可愛いさ…飯食ってこい」
「一緒にな♪」
同じ頃
「近藤…何をしてる?」
「いや、ひさびさに描いたら創作意欲が湧いてきてな…」
「こ、この絵は…」
「お前の所の副頭だ。何でか描きたくなった」
「似てるな…」
「自分でもそう思う。ちなみにこっちは副頭ブッチャー・Verだ…」
「…似合うな…」
「だろう?」
「あんたら…何しとんねん…」
「じゃあ関西娘、お前も描いてやろうか、ちゃんと美人に」
「うち元から美人やし」
「いい根性してるな」
でしばらくして
「出来たぞ。関西娘花嫁バージョンだ。サービスで隣には阿佐田をつけてみた…」
「(ひったくり)いやあ…まさに美男美女でお似合いやな」
「そうか?」
言ってる間に
「おい飯だ。とりあえず量はあるから食っていくか?」
「はあ、もうそないな時間か」
「わーい皆んなで飯い♪」
「オレは味には厳しいぞ!!」
「ユウさん座れる?」
「すまん(泣)」
一人ぽそっと近藤は呟いた。
「…有り得ないだろ…このシチュエーション」
その日みんなは天界で遅くまでわいわい楽しく過ごした。
そして夜の中からその灯を見上げ、誰かが呟いた
「たく…てめえら玄人じゃねえのかよ」
そして薄ら笑うとまた闇に消えた…という
久々に健ユウいちゃつき話あぷ。
といっても、哲ユウだったり、健忌だったりいろいろとややこしいですが。
あの謎のじいさまの正体は、管理人どもも考えてません。ええ、中国モノによく出てくる、トリックスターなじじい仙人みたいなモンかなと。
または、あの世から弟子どもの業の深さにちょっと喝を入れに来た房州さんだったりしてな(笑)