夕鶴
昔昔ある所に美青年(哲)が住んでいました。
ある日彼が賭場から帰ると一羽の血色の悪い、何だか薬物の臭いのする鶴が罠にかかっていました。
別に助ける義理はなかったのですが何か縁を感じたので助けてやった次の晩。
とんとん、
戸を叩く音がしました
「誰だ?」
そう言いながら開けるとそこには死神が立っていました
死神の姿を見て怪訝な顔をする美青年。
「ひひ、ヨウカイの類じゃねえよ。れっきとした人間だ。隣町の賭場に行こうとしたんだがこの吹雪だ…道迷っちまってなあ…泊めてくんねえか?」
そういう男の顔は確かに今にも死にそうなくらい真っ蒼でした。
死にかけの博打打ちらしい男を美青年は心よく家に泊めてやることにしました。
その年は異常気象だったので吹雪は何日も何日も続きました。
美青年は親切心で食事を出してやりましたが、博打打ちは一食を黙って食い翌日からは自分で炊事をして美青年に食べさせてくれました。
そう、美青年は博打は強いけれども、料理は殺人的に下手くそだったのです…自覚はないですが
博打うちは腕もよかったので美青年は
(こいつは顔は恐いがいい奴だな)
と思い始めました。
でようやく吹雪が止みました
「ひひ…世話になっちまったな」
実は世話されたのは美青年でしたが、美青年は天然なので気付いていません
「気にすんなよ」
「カリつくんのは嫌いでな。礼させてくれよ」
「気にしなくていいのに」
美青年は言いましたが死神くんはききません。根負けして美青年は言いました。
「俺今白シャツ着てるけど汚れやすくて困るんだ。黒シャツに染めたいと思ってんだけど」
「ひひ、任せな。奥の部屋借りていいか?」
「ああ」
「必ずやり遂げてみせる…けどこれだけ約束してくれ。作業中は部屋ん中見ないでくれよな?」
「分かった」
そう言って死神は奥の部屋に入りました。
義理堅い美青年はしばらく黙って待っていましたが、奥からは
肺腑から何かを絞りだすような音
が聞こえてきます
(エイリアンでも吐き出してるんかな)
だが青年はじっと我慢しました。
そして
「終わったぜ」
とてもげっそりした顔で黒シャツを持った死神がでてきました
「…なんか…赤黒いな…」
しかも、なんだか金臭いです
「せっかくだから他にも染めるシャツあればもってこいよ」
「いや…一枚でいいよ?」
「遠慮すんなよ、ひひ。あとどれくらいあんだ?」
どでゃん
青年は遠慮というものをあまり知りませんでした
「…結構あるな…ひひ」
「顔色悪いぞ?まじいいからさ…」
「心配するな全部染めるから…」
美青年の心配そうな視線をよそに幽霊のように男は奥の部屋へ消えていきました。
そしてまたまた部屋からは呻き声が重く…しかしはっきりと聞こえて来ました。
しかもしまいには
内臓を口から吐き出すような音
になり遂に堪え切れず美青年は戸をあけました
「…ひひ…見ちまったな…」
口から血をだばだば垂らしながら死神はニタリと笑いました。
その下には血が溜まった金だらいが有り、その中にはシャツが漬けられていました
「…さすがにこんだけの量染めンにゃ血が足りねえ…かも…な…」
そして死神は倒れ伏しました
倒れ伏した死神くんが意識を取り戻すと、心配そうに美青年が顔を覗きこんでおりました。
「お前…命削ってまでオレのために…」
「なに、血はひっきりなしに出てくるもんだ。ただ垂れ流してるより役立てた方がいいからな」
死神の言葉に、世間の常識に縛られない美青年は気味悪がるよりむしろ感動しました。
しかし
「あんたにこんな情けない姿見られたとあっちゃあここにはいられねえ。世話になったな、あばよ」
まだ降り頻る雪の中死神は去っていきました。
慌てて追い掛けた美青年でしたが、死神の姿はもうなく雪上に血痕が残るばかりでした。
この日を境に二人が会うことは二度とありませんでした。
しばらくして美青年が遠い北の街に旅打ちに出た時、そこで噂を耳にしました。
その街の賭場で殉職したある玄人が実は正体は人間ではなかったというのです。
青年はふと真実に気付き、自分の黒シャツ(少し赤い)に目をやりました。
そして彼の頬には何故か光るものがあったそうです
めでたしめでたし